2005年08月30日

Oracle

先日、僕の実家から数冊の古びた大学ノートが発見されました。『ぼくの発見ノート』という、 小学生の僕が書いた日記です。

僕の小学校1〜3年の時のクラスでは、一週間に一回(だっけ?)、先生にノートを提出してたんです。内容は別に日記に限らず、 日々気付いたことならなんでも良かったみたい。で、その内容に対して、 担任のY先生が赤ペンでコメントをつけてくれるんですね。頑張って書くと、 色々とプレミアムなハンコを押してもらえたりします。アホの僕はハンコ欲しさに書きまくっていたようです。 小2の8月31日までで11冊も書いてました。どうも僕は昔から長文の傾向があるみたいですね。

で、そのY先生ってのが、また面白くて、休み時間には、生徒とメンコしたりベーゴマしたりして遊びまくるんですよ。 彼のメンコがやたらと強くてね、男子はみんな、彼のスーパーなんとかって名前のメンコを倒すのに躍起になってました。まぁ彼も教師ですから、 生徒と遊んでるだけじゃなくて、怒るときにはすごい勢いで真っ赤になって怒るんですけどね。僕は彼に何回殴られたのか、想像もつきません。 てか覚えてません。

同じように、僕自身、こんなノートの存在は微塵も覚えてなかったのですが、家に持ち帰ってじっくり読んでみると、 なかなか恥ずかし面白いんですよ。

1部1年 EBA
12月12日 [先生がいなかった…]

ぼくは今日、さみしかったのです。それは先生が『かぜ』だったからです。 きっとはな水をたらしておくさんにかんびょうしてもらい、まっかなかおをしていると思います。
いないと、おはなしもできません。先生といっしょにべんきょうもできません。
今日くんが、こくばんに「先生のでべそ、うんちっち」と、書いていました。そしてさんすうのときに 『スーパー百もんもうれんしゅう』をやったら副校長先生がきて、おはなしをしました。「Y先生はねつを七度六ぶだしているんだよ。」 といっていました。それで百もんできなかったのです。
みんなさみしかったようです。
一じかんめのこくごはがトイレにいってろうかにおしっこをひっかけて遊んでいました。 そしてせんせいがきてしかっていました。せんせいのかぜがはやくなおるといいです。 おしゃべりをいっぱいします。
もうさわいで、先生にめいわくをかけません。

うん、とうとうかぜにまけてしまったよ。
みんなにおるすばんをさせてすまなかったね。
(原文ママ、 赤字は先生のコメント、ただし人名は伏字にしてあります)

うぅ、なんていい話なんでしょう!休講休講♪なんて言って大喜びしてる今の僕とは大違いです。 22歳になったEBAは、休講になってほしいから教授には死んで欲しい、 とか平気な顔して言ってますからね。なんでこんなになっちゃったんだろう。あと、U君の行動って明らかにおかしいですよね。 おそらく当時の僕も大笑いしながらその光景を見ていたんでしょう。

しかし僕がこんな殊勝な日記ばかり書いていたはずもなく、当たり前のように自らの犯罪行為を告白している日記もありました。
僕の小学校は僕を含めてほとんど全員が電車通学だったんですけど、僕は下校時、 毎日のようにキセルをしてたらしいんですよ。無賃乗車。当時は自動改札とか全然無かったんで、 僕は駅員のいる改札をダッシュで突破するという大変荒々しいキセルをしていました。信じられない。 そのキセル履歴が事細かに堂々と書かれています。さらに当時2年生だった僕は、1年生に向けて「キセルをしなさい」 とか言っちゃってるんですよ。狂ってる。
全文をここに載せようと思ったけど、あまりに長いから断念しました。リクエストがあったら載せようと思います。

あとは、『おしっこの話』っていう題名の文章がノートに8Pもぎっしりと書かれていたり、 『あんま機の使い道』っていう便秘対策の文章があったりと、 どうやら僕は昔から真性の下品戦士だったらしい。

はっはっは…
いかにも君らしい目のつけどころだ。
どうも「下(しも)」の話にも君の才能ははっきされるらしい…。

さて、「下の話」とはどういうことなのだろう…?

『あんま機の使い道』に上のように先生のコメントがついてましたからね。 EBAって人は本当に好きなんだろうね、下の話がさ。悪いところだけは大きくなっても変わっていないようです。
てか、読む限り、基本的に僕の人間性は変わっていないんですよね。昔から今までずっと一貫して、 自分さえ良ければ他はどうでもいい、とか、 楽しいことしかしたくない、っていう考え方。先生のコメントも度々、 僕のそういう性格を戒めているんですが、どうやら僕はそれをことごとく馬耳東風してきてしまったようです。その成長しなさ具合が笑えます。

こうして一人でゲラゲラ笑いながら僕は11冊もの『ぼくの発見ノート』を読んでいたんですが、 読み進めていくうちにY先生のあるコメントを見つけて、かなり衝撃を受けました。

1部2年 EBA
7月15日 [ぼくが大きくなったら…いじめられるか?いばれるか?]

ぼくはお父さんになるのがいやです。
なんでかというと、ひとみ (妹の名前ね)
は「パパなんてきらいよー」言っていたからです。 ぼくもお父さんになると、こういう風にいじめられるのかもしれません。
ぼくのパパは日曜に、ぼくやひとみやママにのっかられるし、悪口を言われるから、ぼくも同じようにやられるかもしれません。
前から、「大人になったらいばれる。」と思っていたけど、大変な事に気がつきました。
お父さんになりたくないから女の子に生まれてくれば良かったです。でも女の子に生まれてくると、キックベースができないし、 弱々しくていやです。お化粧するのも面倒くさいし、かみの毛が長いから洗ってもなかなかかわきません。でも、 きれいなスカートやワンピースや水着を着るのは楽しそうです。
やっぱり男も女も、どっちも欠点があるから、同じです。
ぼくが大きくなったらえらい人になるのかもしれないから、いじめられてもお父さんになるのは楽しみです。未来を想像するのは楽しいです。

ふふふ、あと18年ご(なぜか、そんな気が今、している。これ宇宙人の予感!!) の君の姿を、ここでちょっと想像してみよう…。
たぶん、なんか学者みたいなふんいきが出ている大人になっているかんじがするぜ。

先日、僕、山積みになってた就職活動関係の書類を、全部ちり紙交換に出したんですよ。 もう進路は研究職一本にすっぱり決めようと思って。自分で精神的な背水の陣を敷いてみたわけです。
でもやっぱり不安は残るんです。知れば知るほど、研究職なんてヤクザな世界ですから。実力が十分にあるのは最低条件で、 さらに強運を引き寄せるなにかの力が備わってないと、大学教授なんかには到底なれないんですよ。
今まで僕が散々迷惑をかけてきた親が死んでしまう前に、僕が社会で立派にやっていけてる姿を彼らに見せてあげたいけど、専攻分野の性格上、 万人に理解されて認めてもらえる、という分野でも無い。そもそも僕には研究職としての適性なんてものがあるのか、そんなことを考えてた時だったんです。 Y先生のこのコメントを読んだのは。

さすがにちょっと震えましたよ。あまりにタイムリーな、そして一番言ってほしかった言葉が書いてあったから。
それと同時にちょっと恐ろしくなりました。あの先生は僕のことをどれだけ分かっていたんだろう、ってね。
僕のことをとても可愛がってくれた先生だったし、僕に期待していてくれた先生だったから、彼にある程度の感謝はしていたんだけど、 この年になって、こんなところで、こんな風に彼の言葉で励まされるとは夢にも思っていませんでした。
だって15年前に書かれた言葉だよ?運命という偶然なのか、偶然という運命なのか。

やっぱり人には進むべき道というものが存在していて、然るべき時にその道への啓示が下されるんじゃないでしょうか。 運命論なんか嫌いだけれども、とりあえず僕はそう解釈して、研究職への道を邁進しようと決めたのでした。

もちろん、それ以来僕は一心不乱に机に向かうようになった…というわけでは無く、 このブログに書いているように毎日毎日遊び呆けています。てか今日も合コン行ってきたしね。
でも、少し前までみたいに、学問への意欲が突然かつ完全に消失するっていうことは無くなりました。かっこよく言っちゃうと、 心に迷いが無くなったっていうか〜。前は時々落ち込んでたんですよ、こんな学問をこんなに頑張ってどうするんだよ?っていう感じでね。
今ではそれはキレイサッパリ消えた。というわけで、僕の中でY先生は「昔のおもろい担任」 から「恩師」へとクラスチェンジを果たしました。EBA史上初めての恩師だ〜、やった!

今度時間を作ってY先生に会いに行ってみようと思います。一緒に酒でも呑んで、酔って真っ赤になった顔を拝んだり、 なんであんなコメントを書いたのか聞いてみたりしたいからね。彼は忘れてるに違いないけどさ。
彼は今は愛知で、女子大の先生をやっているらしい。訪ねていったら、何人か教え子の女の子を紹介してくれないかな〜、 ジュルジュルジュル…。

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