2005年09月28日

夏の終わり

夏休みももう終わる。来週から僕は週五日も学校に通学できるのか、不安でいっぱいの今日この頃です。

最近のだらけ方はちょっと酷い。
例えば昨日、僕は夕方にノソノソと起きはじめて家庭教師に行き、生徒と将棋を三局指してから、 TAIWANさんと合流、ゲームセンターにてMJ2 (前回の日記を参照)に勤しみました。
ゲームセンター閉店後、僕の家に場所を移して、 三国無双4というとっても爽快なジェノサイドゲームを朝、というか昼近くまで延々とプレイ。このゲーム、敵兵や敵将軍を100人単位で殺し続けるという、狂った三国志ゲームなんですが、それを9時間ぶっ続けでやってしまいました。僕の操るミニモニの一員みたいな武将が、いったい何人の敵兵を殺めてしまったのかわからない。
そして19時ぐらいに再びのっそりと起床し、薄汚れた顔で高円寺のゲームセンターへ。所持金が尽きるまで、 UMEさんとMJ2に興じました。そして今に至るわけです。 こんな奴が研究職を志望しているのですから、もう世も末ですわ。

しかし唯一の救いは、現在の所持金が70円なこと。どう逆立ちしてみても1プレイ100円のMJ2はできませんので、 これで心おきなく夏休みの宿題に集中することができます!よっしゃ!

それにしても、相変わらず、誰も僕とチャットをしてくれない。MJ2の話です。
今日も僕は、名も知らぬ打ち手たちに向かって不必要なほど積極的に、「よろしく!」だとか、「にゃんぴょ☆彡」 とか話しかけたのに、全部無視されました。

「ビックリして」

「ちんちん大きくなっちゃった」

という、とっておきのネタまで披露したのに。その途端、相手はチャットOFFモードにしやがった。悔しい。そして寂しい。 もっとソフトな下ネタの方が返事しやすいのでしょうか。可哀そうな僕そしてにゃんぴょに、誰か教えてよ!


突然ですが、『夏』って、いつまでだと思いますか?

僕の中では『夏』とは、その年初めてサンダルを履いたりアロハシャツを着たりした日から、夏休みの終わりまでの期間を指しています。 この、夏の始まりについてはともかく、夏の終わりの定義については皆さんどう思うでしょうか。

小・中・高と丸々12年間も「8/31をもって夏休みは終わり」というサイクルで生きてきた結果、 僕の脳ミソには夏の終わり=夏休みの終わりという刷り込みがそれはそれは強烈に為されているような気がします。 実際、9月になってまだ暑かったりしても、それは夏ゆえの暑さとはとらえられずに、「残暑」という言葉が用いられますよね。まぁ暦の上でも、 四季の一つである夏は一般的には6・7・8月を指しますから、高校生までなら「夏の終わり=夏休みの終わり」 という等式が成り立つわけです。

しかし曲がりなりにも大学生である僕が、未だにこの等式を信じ込んでいるとなると、これはもう大変なことになります。 僕自身はまだ夏気分で半袖にサンダルとかで外出してるので、最近の夜の街は寒くてしょうがない。足の指なんかかじかんじゃってますからね。 さすがに家でクーラーをつけたりはしませんが、「まだ夏だから、窓を閉め切って寝たら暑いに違いない」 とか無意識に考えて、窓を気持ちいいぐらいに全開にして寝てましたので、しょっちゅう風邪をひいていました。

なんで最近こんなに鼻水がでるんだろう、野菜が足りないのかしら、とか考えてたら、この事に気付いた。そうか、 夏と夏休みを混同しているからいけないんだ!

これが今年の夏、いや、夏休みの一番の収穫かな。いい夏休みだった。

2005年09月26日

僕と魅惑のにゃんぴょたち

今、ちょっとハマっていることがあります。

『MJ2』というゲームです。

先日タイから帰国したばかりのUMEさんに紹介されて始めたのですが、これが面白いんですよ。

MJ2とは、専用のタッチパネル筐体を使用する麻雀ゲーム。ゲームセンターでプレイできます。 ゲームセンターの麻雀ゲームといえばもちろん脱衣麻雀なのですが、それに対してMJ2は、とっても硬派で本格派な麻雀ゲームなのです。 配牌を交換するとかリーチすると一発でツモれるとか、そんな不条理なアイテムはありません。

また、画面を手で触って操作するので、現実に近い様々な動作がストレスなく行なえます。強打 (牌を捨てる際に、無闇やたらと強く卓に打ち付けること)したり理牌 (牌を見やすいように並び替えて整理すること)したりと思いのまま。

そして最大のウリは、それぞれの筐体が全国のゲームセンターと回線でつながっていて、 遠く離れた地域の人とリアルタイムで対戦できること。

最近はこのようなネットワークゲームがゲーセンでも人気なようで、 三国志のカードゲームとかスゴロクみたいなゲームとか競馬ゲームとか、果てはクイズゲームまでオンラインになっています。
このうち、クイズゲームの『クイズマジックアカデミー』というのを、 こないだTACKさんに半ば無理矢理やらされたんですが、これがまた面白いんですよ。 たかがクイズゲーム、こんなのにハマっているTACKさんはやっぱりキチガイなんだなぁ、とタカをくくっていましたが、 今では彼に謝りたい気持ちでいっぱいです。僕たちは五人がかりでクイズに挑み、お互いの弱点を補い合いながら勝ちまくっていったのですが、大の大人五人が一つの画面を食い入るように見つめながら

「正解はこれでしょ」

「違う、これっ!」

「アイはこれだと思うですよ」

「バカっ、それヒッカケだよ!」

「にゃんぴょ♪」

とおかしいぐらいに熱くなっている光景は、かなり気持ち悪かった。に違いありません。

なぜ、僕らがこのクイズゲームに熱中してしまったのか、そしてなぜ、今僕がMJ2に熱中しているのか。はたまた、 なぜ巷のゲームセンターではこんなにオンラインゲームが流行っているのか?
答えは一つ。

専用のカードを使って、戦績などを記録し、自分だけのキャラクターを育成できるからなのです。

このシステムがやばい。
カードを作ることによって、自分の分身であるキャラクターへの愛着が否応なく深まってしまいます。 キャラクターに名前をつけるという作業はやっぱりなんか重要な意味合いがあって、 名づけた瞬間にその存在が自分の中で特別なものになるような気がします。
ちなみにこないだやったクイズゲームの時は、僕たちはマイキャラに『にゃんぴょ』 という訳の分からない名前を付けたのですが、盛り上がってくるとみんな、

「いけっ、にゃんぴょ!」

「にゃんぴょ可愛いにゃん!」

「にゃんぴょッ、にゃんぴょォッッ!」

などと名前を連呼していました。名前を与えることでこんな風に「呼べる」ようになるということが、 感情移入するための大事な条件の一つだと思います。

それに加えて、名づけたキャラクターを育成したり自分だけのキャラにカスタマイズしたりする楽しみもありまして、 これがまたタチが悪い。
戦績に応じてゲーム中の「階級」とか「段位」みたいのが変化していったり、いろいろな服を着せられるようになったりと、 いくらでも手をかけられるのです。

まぁ大体の場合は、よい戦績を残すことで、カッコいい称号がもらえたりレアなカスタマイズができたりするんですが、つまるところ、 「どれだけ多くのお金をそのゲームに使ったか」ということに尽きるんですよね。 こうして名誉欲とか親心とか個性主張欲を煽りたてられた僕たちは、お金をドカドカと毟り取られてしまうわけです。

「俺、もう”大魔導士”なんだぜ」

と、自慢げにゲーム中の自分の階級を語っていたTACKさんの気持ちが、僕にもやっとわかりました。正直、 その時は彼に哀れみの視線を送っていたんですが。

というわけで、ほとんどの人にとっては全く興味が無いでしょうが、MJ2における僕のキャラクターのことを紹介したいと思う。

名前は『にゃんぴょ』
そう、例のクイズゲームでも使っていた名前です。その時の名付け親はアキさん。 元ネタは『ピューと吹く!ジャガー』という漫画の『ニャンピョウ』 というキャラクターです。名前入力の際の字数制限のために、『にゃんぴょ』までしか入れられなかったのです。
この情けなくも可愛らしい名前を最高に気に入った僕は、MJ2でも迷わずこの名前を入力しました。

顔は、山口もえのような、俗に言う『癒し系』の女性の顔をチョイスしてみました。 本当は13,4才の少女のロリロリな顔が希望だったのですが、あいにくそんな顔は用意されていませんでした。 児童ポルノ法にでもひっかかるんでしょうか。

さらに。MJ2では対局中に簡易チャットができます。初期設定では、「よろしく!」 とか「すみません」とか「勝負!」という、 あたりさわりの無い定型文でしかチャットできないのですが、この定型文もカスタマイズすることができるのです。

こうして完成した僕の分身・にゃんぴょ。かなり異常な戦士になりました。その活躍の様子を実況中継するよ!

まずは開局早々。自己紹介がわりに、

「お兄ちゃん♪」

と発言してみました。誰も返事をしてくれません。顔は明らかに20代前半の女性であるにゃんぴょ。確かにこの発言には困惑してしまいますね。

間髪いれずに、

「にゃんぴょ☆彡」

と可愛らしさをアピール。画面の向こうにいる殿方たちのロリ属性に火をつけにいきます。
しかし無反応。

これではマズイ!こうなったら!

「勝ったッ!氏ねィッ!!」

相手を怒らせてでも返事してもらおうと、意味の分からない挑発をするにゃんぴょ。勝ったもなにも、まだ始まったばかりです。相手は相変わらずの無言。ちなみに 「死ね」という単語はNGワードに引っかかるため登録できませんでした。

畳みかけるように、

「盗品?盗品?」

と、意味不明の極めつけ。しかしその理不尽さが相手を確実に不快にさせる珠玉の一言。のはずなのに。
回線を通じて、対戦相手たちが呆れ返っている空気がヒシヒシと伝わってきます。止まらない無言。
こいつら、僕のにゃんぴょをバカにしているな!?にゃんぴょは人をバカにするのは好きだけど、バカにされるのは大嫌いなんだぞ!

「そうはいかんざき!」

本来は相手が攻めてきた時に使おうと思っていた発言ですが、ここで使うしかないっ! 創価の信者だったらなんらかのレスを返してくれるはず!
しかし痛いほどに無言。

麻雀以外のどうでもいい部分で疲れきった僕は、最後に一言、

「すみません」

と謝り、チャットを打ち切りました。それでも無言。なんとか言ってくれよ!

しかもなぜかこの回は僕が一人で延々とアガり続け、相手をトばしての大トップ。「にゃんぴょ☆彡」 とか言ってくるやつに大勝された対戦相手たちは、はるか遠くのゲーセンで、モニターを叩いて怒り狂っていたでしょう。 僕ならこのゲームやめると思う。
実はもう一つ、とっておきの下ネタ発言を用意していたのですが、さすがにそれはチャットでは言えなかった。ここでも言えません。

まぁこの回の僕は誰からも相手されずに一人で延々チャット、っていうか独り言し続けていたんですが、反応が返ってきた回もありました。

相手:「すみません」 (牌を切るのが遅かったことへの謝罪と思われる)

にゃんぴょ:「お兄ちゃん♪」

相手:「困ったな…」

みたいにね。

あと、チャットメッセージの他にも、キャラの服装とか髪型を変えることもできるのですが、まだMJ2の世界でペーペー(七級) である僕はそのカスタマイズはできません。

MJ2における先輩であるUMEさんは、こないだ役満をアガって、それで得た新しいカッコいいコートを彼のキャラである 『朧』に着せていましたが、本当に嬉しそうだった。そして僕も本当に羨ましかった。 僕もこのゲームにもっともっとお金を使って、にゃんぴょに可愛らしい服を着せてあげようと思います!

正直、こんなことしてる場合じゃないんですけどね…。お金も無く夏休みの宿題も終わってない僕は。 本当にカード育成システムって恐ろしい。

2005年09月23日

さよなら

今日はこの場を借りて、皆さんに悲しいお知らせをしなくてはいけません。

僕は、合コンから引退することにしました。

誰がなんと言おうとも、僕はもう合コンには行かない。決めたんだ。

やめたくなるようなヒドイ出来事があったわけではありません。ましてや、彼女ができたからというわけでも当然ありません。
いつのまにか僕の中で合コンが無価値なものになってしまった、それが直接の原因です。
最近の合コンレポートを読んでいても手に取るようにわかると思います、合コンに対して僕の心が冷えてしまっている、ということが。
その理由を自分でいろいろと考えてみました。

まずは、最近の僕たちは合コンにおける効率ばかりを追い求め、昔のような貪欲さを失ってしまった、という理由が挙げられます。
最近は、ルーティンワークのように淡々と合コンを消化しているだけ、といった感じになってしまっているのです。
RPGでいうと、ザコ敵を延々と殺して不必要なレベル上げをしているようなもんです。そのうちふと気づいてしまうのです、 俺は何のためにこんなことをしているんだ?と。強大なラスボスに戦いを挑む方が、負ける危険が多い反面、 ワクワクしますよね。仮に負けたとしても、くそ、もう一回挑戦だ!となるわけです。

確かに、長年の経験によって熟成された効率的な合コンをすることは、決して悪いことではないのです。
例えば、前回の日記で紹介した『トイレミーティング』。これが確立されるまでは、 男性陣全員がその日の一番人気の女の子に殺到し、その他の女の子の機嫌を損ねてしまい、結果的に全体の雰囲気が悪くなる、 という現象が頻繁に起こっていました。しかしトイレミーティングの導入により、男同士で意見交換をしてそれぞれの担当を決めることで、 そのような見苦しい事態は起こらなくなったのです。

他にも色々な豆テクニックがあるのですが、それらを駆使することで、必ずある程度の盛り上がりは保障されるようになりました。 いつも僕たちと合コンした女の子たちはそれなりに楽しんで帰っていきます。でもそれだけ。僕たちは、 決して三振をしないが決してホームランを打てない、そんな小さくまとまった、頭でっかちの合コニスタになってしまったのです!
こんなんじゃあ合コンしててもつまらないよな。合コン中の冷静さ・計算高さを得るのと引き換えに、ドキドキを失ってしまったのだから…。


第二の理由は、可愛い子が全く来ないということ。
丸々4年間合コンしてきましたが、本当に可愛いな、と思った子は、僕の記憶では3人しかいません。数百人中で3人ですよ? こんな薄っぺらい確率だったら、飛行石つけた女の子が空から落っこってくるのをボケーッとしながら待ってる方がよっぽどマシですよ。 お金もかからないしさ!

そんなことは重々承知だったのですが、僕らは「次こそはカワイイ子来るさ、確率的にもう来ざるをえないはずさ」 と呟きながら合コンを続けてきたのです。学習能力ゼロ、むしろマイナスです。
これは、パチスロにズルズルとお金をつぎ込み続けて大借金をつくってしまう、そんな精神状態と似ていますね。「次こそは… 次こそはっ…!」という思考は本当に危険です。みんなも気をつけてほしい。

しかしさすがの僕もいい加減気付きました。どんなに待っても合コンにカワイイ女の子なんかは来ないんだ。理由は分からないけど、 そういう決まりがあるんだ。これが神の見えざる手というやつなんだ!と。


主にこの二つの理由で、僕は合コンをやめます。だってどっちも致命的な理由ですから。自分ではどうしようもないことだしね。
それでも後ろ髪を引かれるような思いは残ります。

思えば足掛け4年。僕は合コンのことばっかり考えてたような気がする。
初めての合コンは浪人の時。クソ暑い季節でした。僕は人見知り大王なので、居心地が悪くてしょうがなかった。 もともと女の子と話すのはあんまり好きじゃなかったからね。奴らの話ときたら全く面白くないしさ。

でもせっかく合コンするなら結果を出したい。その一心で、僕とTAIWANさんとウサギさんは、代ゼミをサボって作戦を練りまくった。 代々木にあるドコモタワーのふもとの喫茶店・マルコにて、ドリンクバー一杯で一日中話し続けた。それに比例して落ち続ける偏差値。当然、 僕の合格判定は常にEBAのEだった。

その甲斐あって、僕らの合コン偏差値はどんどん上がっていった。女の子を効率よく酔わせるにはどうすればよいか、 とオリジナルのイッキゲームを作ったり、スムーズに2ショットに持っていくにはどうしたらよいか、 とフローチャートやタイムテーブルを作ったり、徹底的に話し合った。

そして、知り合いの女の子に片っ端から合コンを頼みまくり、それでもダメなときは同窓会を企画した。 センター試験まであと3週間に迫った年の瀬に、僕とTAIWANさんは合コンしたい一心で同窓会の幹事をしていた。

年末も合コンの予定が目白押し。僕は浪人のくせに、酔っ払って頭にネクタイを巻いて帰宅したりしていた。「模試に行ってくる」 と言って家をでて、真っ黒に日焼けして帰ってきたこともあった。その日は海合コンだったのだ。 「代々木ゼミナール大学1年生のEBAです」という当時の自己紹介がなつかしい。

こんな生活を目の当たりにしつづけた僕の両親は、烈火の如く怒り狂っていた。僕は正月早々に家を追い出され、父方の祖父母の家に避難した。 それでも僕はTAIWANさんと連絡を取り続け、来たるべき合コンに備え、イメージトレーニングを怠ることはなかった。

こうしてなんとか大学に合格した僕。
僕が大学の女友達に頼んで企画した合コンでは、男性陣がヤンチャをしすぎて、僕は彼女にシカトされるようになってしまった。 大学に入って初めてできた女友達だったのに。その子と一緒の必修科目に行きづらくなってしまった僕は、単位不足で留年してしまった。この例に限らず、 僕らは何人もの女の子を悲しませ、怒らせ、絶縁された。

でもそんなことはどうでもいいのである。そんな女の子のことなんかより、次の合コンの方がよっぽど尊い存在なんだ。 僕らは全く意に介することなく、合コンをし続けた。本当に楽しかった。でも…もう終わりだ。

今までに合コンで出会った女の子は、おそらく200人以上。使ったお金は、数十万円。費やした時間は、考えたくも無い。
失ってきたものは大きい。僕なんて大学の先生に「合コン大魔王」って呼ばれてるんですよ?

失ってきたもの、なんてことを考えてしまうようになったら、もうそこが潮時である。すっぱりとやめるべきだ、と僕は思った。 だからやめる。今までの合コンに関わった人全てに感謝しながら、僕は合コンから卒業します。

合コンは…僕にとって、あまりに特別だった…。…さよなら…合コン…さよなら…

2005年09月20日

2005/09/19(Sun)@新宿

三連休の真ん中、美しい満月が摩天楼に浮かぶ日曜の新宿。僕たちは月なんかに見向きもせず、せっせと合コンをしていた。

参加者は、私EBAと、TAIWANさん・ ウサギさんの三人。下手をするとこの三人で、すでに3ケタの合コンをこなしているのではないか。
僕とTAIWANさんは16:45に喫茶店・AYAにて待ち合わせ。 僕が新宿駅に降り立った時点で待ち合わせ時間はすでに過ぎていたのだが、なぜか僕の足はふらりとゲームセンターへ。 昔ハマっていた格闘ゲームで、初心者を狩って遊んでしまった。

結局僕は30分以上TAIWANさんを待たせて、気だるそうな顔でAYAに到着した。灰皿に積み上げられた彼の吸殻が、 彼のイライラ具合を雄弁に語っている。

「今日ダルくね?」

彼のイライラを逆撫でするかのように僕は切り出してみた。

僕は、その日の合コンに全く乗り気ではなかった。
その日の昼、僕はちょっとした野暮用ではるばる成田空港まで行って疲れていたし、なによりお金が無かった。所持金2300円。 本気で合コンに臨むのであればちょっと考えられない所持金である。合コンなんかでこの虎の子のお金を使いたくない。
さらに、夜がめっきり涼しくなってきたのにもかかわらず、窓全開のパンツ一丁で寝てしまったせいで、鼻からとめどなく濁流が溢れてくる。

決定的だったのは、前日の夜、幹事であるTAIWANさんの元に入った女性側の幹事からの連絡。 女性陣のうちの一人が急用のために欠席するらしい。
3対2の合コンというのは見るからに数が合っていないが、実質的にはこれは3対1なのである。
なぜなら、僕たちが合コンの開催を頼むような女の子はすべからく可愛くないから。その子が可愛いなら、回りくどく合コンなんかを企画せずに、 直に接触すればいいのだ。
というわけで、僕たちはだいたい男性の人数を一人水増しして先方に伝える。そして当日集まった際に、「ごめん、 一人急用で来れなくなってしまったんだ」とでも言えばいい。
一見最低の裏切り行為だが、合コンというのは若い男女のエゴイズムが複雑に絡まりあう、いわば戦場である。戦場で、後ろから撃たれた、 後ろから…と騒ぎ立てる兵士がどこにいる…?いたら物笑いの種にされるだけだろう。
そんなことを言って強がってみても、いつも後ろから撃たれるのは僕らの方なのだが。

さて、僕のこのヤル気無し宣言に対して、意外にもTAIWANさんも同意を示してきた。
そもそも今回の企画、セッティングの段階からして異常だったのだ。
二月ほど前、僕ら3人は新宿に集まってセッティング大会を催した。携帯のメモリを漁りながら、 合コンしてくれそうな女の子に片っ端から電話をかけまくるのだ。しかしこう何度も合コンをしていると、 全く記憶に無いような女性の名前が携帯に登録されていたりする。今回の幹事であるカオリ(仮名) さんもその一人だった。そしてカオリという女性が誰なのか思い出せないまま、TAIWANさんは手際よく合コンを企画してしまった。 ちなみに僕は、幸福の科学の女性信者に合コンを頼んでみたが、惜しくも流れてしまった。

とにかく、僕にもTAIWANさんにもカオリさんの記憶が無いということは、おそらくカオリさんとは、僕らが全く興味を示さなかった、 でもとりあえず番号だけは交換してみた系の女性なのだろう。

そんな話をしていると、17:40、ウサギさんが到着。彼も当たり前のように遅刻だ。しかも誰もそれを咎めない。 弛緩しきった空気が流れていた。
さっき彼女と別れてきた、と話すウサギさん。確かに目が腫れている。しかしよくよく話を聞いてみると、フったのはウサギさんだし、 しかももう一人別に彼女がいるとのこと。彼が泣く理由が全くわからない。

集合時間も近づいてきたので、僕らは女性陣との待ち合わせ場所であるアルタ前へ向かった。途中、 TAIWANさんが便意を催したのでコンビニへ。彼が力んでいる間、僕はヤングマガジンを立ち読みし、 ウサギさんは持参した国家試験の問題集を読んでいた。急ぐ様子は誰にも見えない。
結局、18:00の待ち合わせに15分ほど遅刻した僕たち。悪びれた様子は全く無い。
女性陣は、例のカオリさんと、そのサークル友達であるノリコ(仮名) さん。とっても普通な顔立ちのお方だった。人と違うものが見えてしまうウサギさんだけが、「カワイクね!?カワイクね!?」 と連呼していたのを覚えている。

さて、本日の会場は、『八珍亭』。サワーが美味しいのと、なんだかんだで安い、 そして個室があるという点で、合コンにはこのお店をよく使うのだ。

一次会はソツなく進行していく。カオリさんもノリコさんも人の話をちゃんと聞ける子だったので一安心。 それなりに場は盛り上がっていたのだが、だんだん歪みが生じてくる。その原因は全て男性陣にあった。

この合コンに対するヤル気の無さが為せるわざなのか、男同士がやたらとイヤミを言い合い始めたのだ。誰かが話題を提供しようとすれば、 誰かがそれを潰す。3人の中でその連鎖が止まらなくなっていった。なんで男たちが三国志モードなんだろう?今までは、 息ぴったりの連携プレイで数々のピンチを切り抜けてきたじゃないか!みんな気付いていたはずだが、やめられなかった。

さらに、不用意な失言も多かった。
ウサギさんがいきなりノリコさんに向かって「君、熊に似てるね」と言い放った時には血の気が引いた。 「俺、リラックマ好きだよ、君も癒し系だね」と意味の分からないフォローをしてみたが、 余計に気まずくなってしまった。
こうして、ギスギスした雰囲気が場を包んでいく。

その日の男性陣の無気力ぶりは本当に凄まじかった。俗に『トイレミーティング』と呼ばれる、 一次会中の男性陣極秘会合があるのだが、僕らはいつもその際に自分の担当の女の子を決める。

「お前は誰狙いでいく?」
「Aちゃんかなぁ、君は?」
「そしたら俺はBちゃんをマークするよ、本当は俺もAちゃんがいいけど、君の方がいけそうだからね」

といった感じである。この儀式によって、自分の役割が明確になり、効率の良いプレイが可能となるし、 男同士の無用な衝突も回避できるのだ。もちろんこの会合は、女性陣に悟られないように工夫された上で開かれる。

しかし今回のトイレミーティングは本来の意義を完全に失っていた。

「お前誰いくの?」
「君が好きに決めてくれていいよ」
「いや、俺もどうでもいいし」

なぜか便所で譲り合いをする僕ら。集合時にはあんなにカワイイカワイイ言ってたウサギさんを含めた全員がこの調子だったので、 僕はなかば強引にTAIWAN×カオリウサギ×ノリコというカップリングを決め、自分は高みの見物を決め込むことにした。 女性陣の住んでいる場所が栃木県群馬県である、 という事実も大きなヤル気ダウンにつながったのだろう。すでに旅行に近い遠さではないか。
こうして白けきった一次会は終了。僕たちは八珍亭を後にした。

外に出て、女性たちを巧みに歌舞伎町へと誘導していくTAIWANさんとウサギさん。 彼らがうまくカップル同士にバラけたのを確認して、翌日の良い報告を期待しながら、僕は一人ゲームセンターへと向かった。

キモヲタの群れの中で黙々とゲームをする僕。とってもリラックスしているEBAがそこにはいた。あぁ、本当に楽しい、 こんな時間がずっと続けばいいのに…。
その願いは叶わなかった。至福の時間を切り裂く一本の電話が。TAIWANさんからだった。

「ダメだった、で、君は今どこ?」

2ショットになったものの、ちょっと攻めてみたら速攻で帰られてしまったらしい。そしてウサギさんも。まるで駄目である。 それなのに大して悔しがってもいない様子が、僕たちのこの合コンへの意気込まなさを如実に語っていた。

合流した僕たちは、再びAYAでコーヒーをすすりながら、もう合コンはいかんざき…、 とボヤくのだった…。

 

2005年09月19日

毎日書かなきゃいかんざき

文章書くのって難しくね?

僕さっきまで、今日あった事とそれについて考えた事を日記として書いてたんですけど、どうもね、うまいこといかないんですよ。 自分の気持ちとか体験を文字にしてみると、必要以上に深刻そうな文章になってしまうのです。 実際の僕は思い出してニヤニヤしながらキーボード打ってんのに、ディスプレイに表示される文章はとっても思い詰めた感じなんですよねー。
語調とか段落構成をいろいろ弄くってみても、僕のニヤニヤがうまく伝わってこない!これではいかんざき!ということで、 その日記は凍結してみました。

人それぞれ、文章の個性ってあると思うんですけど、僕の個性は、とっても伝えたがりやさんなところだと思います。 自分の伝えたいことが伝えきれなかったり、誤解されたり、曖昧になったりするのがイヤなんです。そんなの耐えられないんです!

そうやってアレもコレもと言葉を補っていくうちに、とっても長い文章が生まれてしまうのですよ。 これは何もこの日記に限ったことではなくて、和訳とかレジュメとかレポートとか、ひいては漢文の書き下しまで、 僕はやたらと言葉を補うクセがあります。自分ではとっても粘着質な文章だと思うんですよね〜。説明過多というかさ。みなさん、 どう思います?

もっと軽やかで、いろんな解釈ができるような文章を書いてみたいんですけど、これが僕にとっては難しいんですよ。 気付くと帝国重装歩兵みたいな文になってる。だから僕は詩人になるのは無理だなぁ、と思いました。作詞とかも向いてないな、たぶん。

このような僕の文章の特徴上、たま〜にマジメなことを書いてみたりすると、実際以上にマジメな印象を与えてしまう気がする。 マジメってか、重々しい文章なんだよね、正直さ!

そんなことを意識し始めたら更に文章が重々しくなってきたんで、もう筆を置くことにします。これがスランプってやつかな?いや、 ただ単に、しばらく日記書くのをサボってたせいですね…。日記執筆ってのは、 1日休んだ分を取り戻すのに3日かかると言われる過酷なスポーツですから、毎日続ける事が肝要なのです、と昔の偉い人が言ってた。

てか昨日TAIWANさんに、
「なんで旅行中にもブログ更新をしないんだ、俺が何回無駄なアクセスを繰り返したと思ってるんだ!ふざけるな!毎日書け!」
ってマジ怒りされて、意味が分からなかったり嬉しかったりムカついたりで、 なんか複雑な気持ちになりましたけど、今の僕の状況を考えてみると、TAIWANさんの言ってることもただのキチガイ発言では無いかもな、 と思いました。
わかったよ、俺、頑張るよ!一日一日記!僕たちの正月は、三月だ!

 

 

2005年09月17日

ただいま(後篇)

(前回までのあらすじ)
なんとか金沢行きの深夜バスに乗ったゾ!

さて、僕が予約したこの深夜バス、往復8500円のウンコバスだけあって、車内は狭く、陰鬱な雰囲気です。しかも、 「おしゃべり・携帯電話の使用・ウォークマンの使用はやめてください」 とかいうアナウンスが流れちゃったので、本格的にすることがない。正直、携帯から「今僕は、 金沢行きの深夜バスの中からこの日記を更新しています。トンネルを抜けたらそこは金沢でした」とかやりたかったのに。 もしくは、バスの中でみんなで自己紹介とかして、伝言ゲームとかやっちゃったりして、「今度はみんなで東京で会おうね!」 とか言ってワイワイ盛り上がりたかったのに!

しょうがないので寝ることにします。 隣であぐらをかきながら寝ているアキさんがとっても邪魔でしたが、それでもグーグー寝ていると、 金沢に到着。わぁ、クソ暑い!お腹をすかせた僕たちは、赤とオレンジの見慣れた配色の看板に飛び込み、早速朝マックとしゃれこみます。 やっぱ金沢のマックは美味いね。
しみったれた朝食の後、今回僕たちを泊まらせてくれるK子さんと合流し、彼女の家へ。すぐさま昼寝。

昼過ぎに目覚めた僕たちは、豪雨に降られながらも街を徘徊します。金沢って予想以上に栄えてました。 香林坊っていう繁華街に行ったんですが、 109とかあるんですよ? 22年間東京に住んでる僕でさえ、渋谷の109にも行ったことが無いっていうのに。あとバスがずいぶん進化していて、 SuicaみたいなICカードも使えるし、バス停の電光掲示板には「○○行のバスがまもなく到着します」 とか出るんです。こりゃ便利。
でもちょっとわき道に入ると、武家屋敷とか落ち着いた雰囲気の料亭とか狭い路地にぶつかるんですよ。 この一見ミスマッチな町並みが面白かった。街中を流れる大きな川もドカドカとマイナスイオンを放出し、河原を歩きたい気分にさせてくれます。

夜になると、 マイクルさんがやたら車高の低いBMWを駆って琵琶湖から参戦。 僕たちの行動範囲を一気に広げてくれます。
その夜に食べたクルクル寿司はおいしかったなぁ。 サンマ大トロが印象に残っています。先週、 TAIWANさんが企画した築地シースーゴチバトルに参加したんですが、 僕そこでも大トロを注文したんですよ。だってその時は僕、大トロ童貞だったんだもん。
でもね、正直あんまりおいしくなかったんですよ、そこの大トロ。たしかに大いにトロトロしてるんですけど、血の生臭さがかなり残っててさ。 僕以外のみんなは「えっ、なにこれ!?おいしすぎるよ!!」みたいな激しいリアクションをとってたんで、 言い出せなかったんですけどね。

でも金沢・まいもん寿司の大トロは違った。生臭くなかった。 富の象徴である大トロに幻滅しかけていただけに、嬉しい体験でした。

さて、夜も更け始めると、誰からともなく「肝試しをしたい」という声があがりました。 いいですね〜、夏も終わりのこの季節、肝試しにはもってこいです。金沢ってやたらとお寺が多いですし。

そこで僕たちはネットを駆使して、金沢の心霊スポットを探し始めました。
まず最初にひっかかったのは卯辰山という山。 ここには某大学の医学部の解剖実習に使われた遺体が埋葬されているらしく、なんか怖そうです。距離も手ごろだし、早速出発します。

結論から言うと、すごく期待はずれでした。肝試しというより、カップルの野外プレイを邪魔しに行っただけだった。 なんか煌々と街灯が光ってるし、人も多かったし、こんなんじゃ肝は試せないよ!

落胆した僕たちは、さらにネットで心霊スポットを探し回ります。2ちゃんねるのオカルト板まで出向き、情報を収集しまくると、 一つの場所が浮かび上がってきました。

野田山墓地

ここはいろんなHPに紹介されているスポットで、利家を始めとした前田家ゆかりの者たちの墓所なんですが、 あり得ない体験談が大量に書き込まれていました。
参勤交代の霊が現れたとか、首なしのランナーが走ってきたとか、火の玉が出たとか、 もう馬鹿なんじゃないかっていう霊がたくさん出没するらしいのです。まぁ確かに参勤交代ってとっても過酷な行事ですから、 参勤交代にまつわる霊ってのもいそうですけど、それにしてもなんで墓地に参勤交代しにくるんでしょう?行くんなら金沢城に行けよ!

どうせ昨日の卯辰山と同じようなもんでしょ、てかむしろ参勤交代って一回見てみたいなぁ、と舐めきって出発した僕たちですが、 甘かった。甘すぎた。
僕たちは車に乗って墓地に入っていったんですが、入り口からしてあり得ない怖さ。等身のおかしい巨大な地蔵が6体並び、 その正面には墓石の上に座る坊さんの像が。入り口を過ぎるとその奥は明かり一つ無い真の暗闇です。ここは山全体が全て墓所なので、 見渡す限りの闇・闇・闇。車一台がギリギリ通れる細い道の両脇には大小さまざまの墓がぎっしりと並んでいます。

細い登り階段に突き当たった僕たちは、迷わずUターンしました。誰も車から降りてこの先に歩いてみようなんてことは言い出さなかった。 というか会話自体が無かった。

墓地入り口まで戻ってくると、やっと一息ついて、車から降りてタバコに火をつけます。これで僕も少し落ち着いたんですけど、 それでも動悸はおさまらないし、なんか内臓が重いんですよ。あまりの恐怖に吐きそうになってました。

しかしなぜか再び車で墓所に入っていく僕たち。僕はこの恐怖を克服したいと思っていました。
正直ね、こういう肝試しとかは結構自信があったんですよ。所詮、恐怖を作り出してるのは自分自身の意識に過ぎない、 本当に怖いのは自分の想像力なんだ!って冷静に分かってるつもりでしたし。
それがこの有様ですから、なんか悔しかった。悔しくて再び墓地に入ってしまった。今は反省している。

結局二回目のアタックも失敗に終わりました。車で階段の手前まで行って即Uターンです。恐怖に打ちのめされてしまい、精神(こころ) が折れてしまった僕らは、豪快に道に迷いながら帰りました…。

翌日。
僕らはまだあきらめていませんでした。まずは日中に野田山墓地に行き、全体を把握するとともに作戦を練ろう、ということになりました。が、 マイクルさんと僕が「A few minuteだけ寝ようか」 とか言いながら二度寝してしまったので駄目だった。

それでも金沢城まで行き、城の外に追いやられている前田利家公の像に向かって「今晩また伺いますので、どうかお手柔らかに」と手を合わせ、 コンビニで食卓塩を買い、スーパーで線香と懐中電灯を買い、さらにK子さんの家から粗塩と「前田利家公」という日本酒を持ち出し、 奥の手としてマイクルさんに秘密のお経を伝授してもらって、準備万端で墓地へと向かいました。この狂った重装備を見ても、 僕らがどれだけ怯えていたのか、容易に想像がつくと思います。

三度目のアタックは、徒歩で。徒歩でも全然行ける距離だったんですよ、野田山墓地ってのは。マイクルさんのBMWの車高だと、 墓地の上り坂の砂利道では下を擦ってしまいますしね。

墓地が近づいてくるにつれ、前回の内臓がすくむような感覚が戻ってきます。でもさすがに3回目ともなるといい加減慣れてくるみたいで、 僕は機械的に足を交互に前へと出し続けました。運動したときとか暑いときとは違う種類の汗が噴きでてきて、つないだ手がベトベトしてたけど、 とりあえず階段を上りきり、昨日までの自分を超えた僕。懐中電灯で立て札を照らしてみると、「この先は霊域につき、 立ち入りを禁じます」とのこと。そりゃそうだな…。
利家公はこの先に眠っていたんですが、僕らは泣く泣く霊域を通り過ぎ、帰路につきました。

てか、そこを抜けると、街灯ギンギンで舗装バッチリの駐車場が広がってて、ダベっている若者とかいたりして、全く怖くなかった。 前田家墓地が怖さの最大値地点だったんですねぇ。

結局幽霊は出ませんでしたけど、久しぶりに味わったこの恐ろしさ、とても貴重な体験でした。すこし謙虚な人間になれた気がします。 恐怖に屈服したという心地よい敗北感、そしてその恐怖を克服したという充実感に包まれて、僕たちは夜道を歩きました。
でも肝試しって幽霊とか出ない限り、必ず不完全燃焼で終わりますよね。そういう意味ではちょっと物足りない気持ちだったのです。

さて、翌日。
マイクルさんは翌日から合宿ということで、夕方に滋賀へと帰り、僕とアキさんは夜行バスに乗るために荷物をまとめ始めました。 時刻は21時50分
たしかバスは23時ぐらいに出発だったかな、まぁ余裕を持って集合場所である金沢駅に行っとくか…、 と思ってバスのチケットを見ると、バスの出発時刻は22:00

は?

やってしまいました。あと10分で金沢駅まで?無駄無駄無駄ァッ!おそらく現在の科学技術では、 どうやってもこの出発時刻に間に合うことはできなかったでしょう。タクシーだろうがヘリコプターだろうがスペースシャトルだろうが。 時を止めるぐらいしか打つ手はありません。そうか、本当の肝試しはこっちだったんだね!

おそるおそるアキさんにその事実を伝えると、当然、はぁ!?という叫びが返ってきます。もう本当に アキさんに殺されるかと思いました。
でも案外彼女は冷静だった。すぐさまバス会社に連絡したり、次のバスを調べたりしてた。僕の方はというと、まぁ1泊延びてもいっか… と速攻で諦めていたんで、ついていけなかった。女性ってすごいね。

そうこうしてる間に、僕らが乗るはずだったバスの乗務員から電話がかかってきて「EBAさん乗らないでいいの?」 と聞かれたんで、僕は「15分ぐらい待ってくれませんかねぇ?」 というなめくさったお願いをしてみたんですが、当然駄目でした。てか15分でも行けないしね…。

結局、次のバスのキャンセル待ちをするために金沢駅まで走ったりしてみたんですが、 僕のように時間を間違えて乗り過ごす身体障害者が都合よく二人もいるはずもなく、本日の帰宅は不可能ということになりました…。
でも、翌日朝のバスを無事に予約できたので、駅まで走ったかいはありましたよ。 そのとき所持金数百円だった僕は、アキさんにお願いしてバス代を貸してもらったんですけどね…。バスの時間を間違えるわ、金を借りるわ、 考えうる限り最低の男でした、僕は。へへっ。

翌朝。
僕らはやはり朝マックしてから、高速バスへと乗り込みました。朝マックから始まり朝マックで終わる旅、ってのもなかなかオツなもんでしょ? 新しく申し込んだこの高速バスは、2倍近いお値段がするだけあって、とても快適でした。
「俺がバスを乗り過ごしたおかげでこんなに快適なバスに乗れるなんて、君はとてもラッキーだね」
と、アキさんに言ってみたら、すごい目つきで睨まれました。当たり前ですね。

こうして僕は、肉体的・精神的・金銭的に深い傷を負って、クソ暑い東京へと帰りつきました。疲れた…。

でも金沢ってのは本当にいいところだったなぁ。風光明媚だし、美術館も面白かったし、魚と加賀野菜がおいしかったし、 道行く女の子がみんな可愛く見えたし!地方都市の良さを再認識する旅となりました。やっぱり大学院は地方の国立にしようかなぁ…。

K子さん、マイクルさん、アキさん、本当にお疲れ様、そしてありがとう。そしてごめんなさいでしたぁぁ

2005年09月15日

ただいま(前篇)

すっごい間空いちゃった。ブログ左側の、月ごとの日記の数が、着々と単調減少しているのが気になります。 この調子だと2005年12月の日記なんかは−10件とかになってるんじゃないでしょうかね。

まぁ僕も理由もなく更新をサボっていたわけではないんですよ。応援演説に奔走するフォーエバーラブ小泉のように、 僕も日本全国津々浦々を飛び回っていたんです。具体的に言うと、 軽井沢金沢。津々浦々でもなんでもないですね。

軽井沢へは皆さんご存知の通り、ゼミ合宿のために行ったんですが、はっきり言ってこの合宿、楽しいわけが無い。 参加者が学生8人に対して先生3人ですからね。こんなに目の行き届く合宿も珍しいわ。女の子も3人しかいないしさ…。

さらに、泊まる場所は大学の施設なんですが、ここがすごい。僕の部屋は、2段ベッドが部屋中に敷き詰められている、 まるで監獄のような部屋でした。さらに部屋が臭い。ネットリとした臭さなんですよ。「ムショ飯」 と呼ばれる不味い食事とも相まって、爽やかな高原という雰囲気は全くありません。風呂にいたってはお湯が出ませんからね。 一応出ることは出るんですが、チョロチョロ…というなんとも頼りない水勢です。 しょうがないので僕は勢いよく噴出する冷水シャワーを浴びていました。クソ寒い。

夕食の後は当然のように東洋哲学のお勉強です。伊藤仁齋の説く易知易行と朱子の解釈の比較とか、 中国上代における気の思想とか、 皇帝の祭祀である七廟制の根拠はどこに求められるかとか、 睡魔が召喚されざるをえないような講義が目白押しです。最前列に座ってしまった僕は、手をつねったり刺したりしながら必死で堪えました。 講義を始めた教授には時の刻みはありませんので、ノンストップで延々3時間も講義が続くんですよ。もう玄海灘。

さて、講義の後は待ちに待った飲み会です!帰りの電車の心配とかもないし、今日はしこたま呑めるぞ!と思ってたら、 教授がありがたいお話をやめてくれません。飲み会なのにね、現代中国の民間信仰に関する調査のビデオとか見せてくるんですよ。

「ほらほら、この儀礼に使う仮面がねぇ、また面白いんですよ〜」

いやいや、ぜんぜん面白くないよ。飲み会といえばチンやらマンやらの話をするのが普通じゃないか?教授には本当にTPOをわきまえてほしいって思った。 まぁそういう訳で、最高に盛り下がった雰囲気の飲み会が続きます。
結局皆さん、次々としらけた顔で部屋に戻って眠りはじめてしまい、取り残された僕は、 すこし頭のおかしい後輩と朝まで延々と卓球をしていました。用意してきたお酒も余りまくり。なんなんだこの合宿は。

心身ともに疲れ果てた僕はの車で家まで送ってもらいました。 バーベキューで使ったやら飲み会で余った一升瓶やらを抱えていた僕には本当にありがたかった。 そんなのを抱えて電車に乗ったら間違いなくルンペン扱いされてしまいますからね。本当にありがとう、

無事に家に帰りついた僕は、すぐさま荷物をほどき、また荷物を詰めなおします。 家庭教師に行ってから、 夜行バス金沢に向かうためです。 なんで僕はこんなスケジュールを組んでしまったんだろう、と軽く後悔しつつ、生徒と将棋を指して、すぐさま東京駅へ。
東京駅へ向かう電車の中で気絶してしまい、品川まで乗り過ごしてしまいましたが、 なんとか無事にアキさんと待ち合わせ、バスに乗ることができました。
しかし、このときの僕は、金沢で待ち受ける悲劇をまだ知らなかったのです。あんなに悲惨なことが起きるなんて…。

長くなりそうだし今から勉強会に行かなきゃいけないから後編へ続く

 

2005年09月07日

軍人台風直撃の巻

今から合宿に行ってきます。
向かう先は軽井沢。台風14号くんとの遭遇が激しく不安ですが、どうせ向こうでは部屋にこもって勉強するだけだから、天気なんかどうでもいいや…。

そういや台風の強大な雨雲によって、先週の日曜、僕の住んでいる杉並区は川が氾濫したらしい。けっこう豪快にね。もう22年もここに住んでいるけど、こんな話は聞いたことがないなぁ。

僕のご近所さんたちが床上浸水とかでてんやわんやしているその時、僕も僕で、池袋の雀荘でてんやわんやしていました。その日の麻雀は圧倒的な負けを記録していましたから。

序盤戦はまぁ普通に打てていたんですよ。頭も勘もよく働いていて、悪くない感じでした。
ところが中盤戦に差し掛かると、圧倒的な強さを見せ付けはじめた男がいました。彼の名前は、軍人さんとでもしておきましょうか。
この軍人さん、もう勢いがとまらなかった。僕らからドカドカと点棒を毟り取っていきます。麻雀にカモフラージュしているものの、それはまさに暴力でした。そう、池袋の雀荘にも軍人さんという名の台風が発生してしまったのです。
絶対的な運量の差を感じ始めてしまった僕は、気持ちいいぐらいに集中が切れました。アハッ☆

麻雀ていうのは人よりも多くの点数を集めることが目的のゲームです。しかし誰かが点数を得れば、誰かは点数を失うわけです。ゼロサムゲームってやつですね。
さて、点数を極限まで失い、持ち点が無くなってしまう最悪の状態、それを「トび」と呼びます。
「もう点数無いや、トびました」
という風に用います。
トんでしまうと、失った点数に加えて更にペナルティがつきますから、もうこの世の地獄です。トぶことだけはなんとしても避けなくてはならない。ブザマでも卑怯でもなんでもいい、とにかくトんではいけないのだ!

その日の僕はトびまくった。トんでトんでトびまくった。
そしたらだんだん気持ちよくなってきたんです。これが堕落の快感か、僕は通常では絶対に打たないような牌をキチガイのように打ち続けました。いつのまにか、点数を失うことへの恐怖は無くなっていました。僕はついに、無欲の麻雀を完成させたのです!

僕は軍人さんたちに点棒をばらまき続け、豪快にトびまくりました。「I can fly!!」と叫びながらね。まるで、太陽に向かって崖から飛び降りるイカロス先生のようになってた。

夜も明けて終盤戦に差し掛かった頃、僕はふと我に返りました。今までの成績集計を振り返ってみると、そこには目を覆いたくなるような成績が。当たり前です。
僕は気合を入れなおし、丁寧に、粘り強く打ちました。その時は本当によく集中していたと思います。

まぁそんなことぐらいでは、離れていったツキってのは戻ってこないんですけどね。麻雀ってのは本当に残酷なゲームで、人間の努力とか意志とかそういうものが運という得体の知れない存在によって為す術もなく流されていく、それを楽しむ遊びなんですよ。いくら頑張ったって駄目なものは駄目、という苦しい遊戯なのです。ま、だから楽しいんだけどな。

麻雀自体はただの室内遊戯ですけど、現実世界をよく表しているゲームだと思います。人が自分の意志や力でできること、それでもどうにもならないこと、その二つのバランスが絶妙なんですよね。4人でのバトルロイヤルってのも予測不可能な展開を作り上げるのに一役買っています。
そう、卓上はこの世界のミニチュアなのです。なんて深遠なゲームなんだろう。

さて、その深遠なゲームとやらで負けまくった僕。結局、福沢諭吉大先生を一枚失うことになりました。まぁこんぐらいで済んでよかった。僕は晴れ晴れとした気持ちで、軍人さんに諭吉を手渡しました。麻雀って、負けても負けてもまたやりたくなってしまうところが恐ろしいですね。
あぁ、早くまた、パチパチパチパチと吐き気がするぐらい麻雀したい!

そろそろ出発する用意をしなきゃいけないんで、ここらへんで。余裕があったら、軽井沢から携帯による日記更新をしようと思います。電波入るかな?

2005年09月02日

深淵の怪物

おはようございます!今日は家で夜を徹してツイシィさんと酒を呑んでたんですが、 彼が僕の後ろで変なイビキをかきながら眠ってしまったので、日記を書こうと思う。

おととい、メイド喫茶に行ってきました。再び。
その日は大学で勉強会がありましてね、僕は本当に疲れきってしまったんですよ。身も心も。
疲れた体を癒すならメイド喫茶、これ世界のジョーシキね。

ということで、TAIWANさんと秋葉原で待ち合わせ、『JAM アキハバラ』 へと向かいます。

V6010785

個性ゆたかな妖精たちがご主人様のお帰りをお待ちしております!

いい具合にイカれた看板を横目に店へと入ります。

店内に入ると、そこは程よい広さを持った普通の喫茶店。キチガイ空間を期待していた僕が、内心がっかりしながらメニューを開くと、 そこにはめくるめくファンタジーなメニューが!メイド喫茶ってのはこうでなきゃ!
TAIWANさんは『フェアリートマトリゾット』を、僕は 『妖精さんの萌え萌えオムライス』をオーダーします。
『妖精さんの萌え萌えオムライス』はなぜか1200円もするんですよ。 僕は正直ペペロンチーノを食べたかったんですが、メイド喫茶は一期一会、僕は泣きながら妖精さんのボッタクリオムライスをオーダーしました。 だってこれが一番ファンタジーな名前なんだもん。
メニューの説明によると、この『妖精さんの萌え萌えオムライス』、メイドがケチャップでイラストを描いてくれるらしい。 どんなキモヲタなイラストが描かれているか、ワクワクしながら待ちぼうけます!

待つこと十数分、まずはTAIWANさんの『フェアリートマトリゾット』が運ばれてきました。
うん、まずそう。
『食べる?』というTAIWANさんの親切な申し出を丁重に断り、妖精オムライスを待ち続ける僕。 朝からなんにも食べていない故、空腹は限界に達しています!

そしていよいよ妖精卵飯が運ばれてきました。ところが、そこには何も描かれていないではありませんか! 「これは詐欺罪にあたるんじゃないか…ッ」と叫びかけた途端、メイドが言いました。

「なんのイラストを描きますかぁ?」

予想外の展開に狼狽する僕、今アキバで流行ってるエロゲーはなんだったっけ、やべっ、わかんね、ああああああ「い、 いや、なんでもいいんですけど…」としどろもどろしていると、巻き髪がゴージャスなそのメイドは、

「では私こないだ、愛・地球博に行ってきましたので、それを描きますね」

と、何人もの客にこの絵を描いているであろう慣れた手つきで、オムライスにイラストを描き始めます。
愛・地球博なんぞになんの興味も無い僕は、混乱のあまりに、

「あ、これってモリゾーですよね!?」

と知ったかぶります。

V6010784

キッコロだった。
こんなん区別つかねーよ!

当然このオムライスがおいしいはずもなく、 僕はオムライスをクーリングオフしたい気持ちでいっぱいになりながら機械的にスプーンを口へと運びました。
本気で冷凍食品の味がした。
うちの大学の学生会館の食堂のオムライスの方がおいしいぞ。値段も3分の1だし。

1200円もする餌を食べ終わった僕は、なにか面白いグッズが売ってないかと店内を見回します。
すると、レジ横にキラキラと輝くJAMオリジナルZIPPO(ジッポ)が!これ欲しい! いくらなんだろう?

ふむふむ、ポイントカードを10枚ためるともらえる非売品らしい。
ポイントカードには1000円ごとに1個スタンプがもらえて、スタンプを10個集めると1枚分なんだってさ。

そっかそっか、このZIPPOは10万円かぁ。さすがに買えないなぁ。

僕は、またもや大後悔時代しながら店を出ました。唯一の収穫は、僕らの後ろの席にいた男性二人が、 ノートパソコンで美少女のイラストを鑑賞していたこと。彼らから放たれる聖地アキバのオーラを、全身で感じました。あぁ癒される。

こうして僕の2回目のメイド喫茶体験は終わりました。知らないうちにのめりこんでいるのではないかと心配でたまりません。 最初はネタとして大笑いするために行ったメイド喫茶なのに、いつのまにかそこで一喜一憂している僕がいるんです。
かのニーチェも『善悪の彼岸』の中でこう言っています。

怪物と闘う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。おまえが長く深淵を覗くならば、 深淵もまた等しくおまえを見返すのだ。

メイド喫茶ってのは、怪物で、しかも深淵なのかもしれませんね…。

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。