2005年11月14日

にゃんぴょ@サファリ

今日はにゃんぴょ祭りをしました。

会場は池袋のゲームセンター・サファリ。その名の通り、 飢えた野獣のようなゲーマーがウロウロしている危険なゲームセンターです。

このサファリ、僕にとっては非常に思い出深い場所で、高校時代、そして浪人時代に僕はここで何百時間を過ごしたかわからない。
高校のころ、部活をやめたりやめさせられたりしたならず者たちが放課後に集まる場所、それがサファリだった。 もちろん中二になった途端に部活をやめさせられた僕も、ならず者集団の一員だ。僕は個人的に、この集団を『蛮族』 と呼んでいた。

学校が終わった瞬間、終礼やら掃除やらをすっぽかし、我先にとサファリへ走っていく蛮族たち。皆、 おのおのの分に応じて思い思いの方法でサファリを目指すのです。順当に有楽町線で向かう人、すこし歩いて丸の内線で向かう人、 電車にして僅か二駅の距離なのにタクシーで向かうブルジョアジー、トボトボと歩いて向かうプロレタリアート、自転車で向かうサイクリスト、 盗んだ自転車に二人乗りして向かうシーフ。いろんなタイプの蛮族がいた。

流れ集合した蛮族たちは、思い思いのゲームを楽しみます。その中でも蛮族たちの大好物は、3D格闘ゲーム・『鉄拳』 。奇声を上げながらプレイする蛮族たち。サファリ名物・50円コーラを飲みながら、 みんな本当に良い笑顔でゲームに興じていました。
当時は、この『鉄拳』というゲームの腕前によって現実世界の序列がつけられているような風潮すらあり、強い奴は尊敬され、弱い奴は蔑まれ、 逃げ腰なプレイをする奴は卑怯者・チキンなどと呼ばれ人格を否定されていた。確かにゲームのプレイスタイルには性格が如実に表れますけど、 今考えると恐ろしい風潮ですね。

さて、いつの頃からか、蛮族たちは自らを『サファリ部』と称していた。部活をやめた・ やめさせられた寂しさを少しでも紛らわせようとしていたのかもしれません。
この『サファリ部』というアホ丸出しの言葉は爆発的な流行を見せ、 僕の友達の君なんかは年賀状の裏に「サファリ部サファリ部サファろーぜ」 などと訳の分からない詩をデカデカと書いて送ってきましたし、高校の教師たちの間でも『サファリ部』 なるものが問題になる始末。
漢文の授業中、漢文教師の塚田とかいう奴にいきなり「おい、EBA、お前は今日もサファリ部の活動に行くのか?」 みたいな事を言われたときは唖然としたものです。

しかし、厳密に言うと僕は生粋のサファリ部というわけではなく、 むしろ神保町御茶ノ水界隈のゲームセンターに毎日行っており、 こっちにはこっちで別の毛色の蛮族たちが存在しました。
神保町の裏路地にはミッキーという老舗旅館のように巨大で不可思議な作りのゲームセンターがあって、 ある程度のレベルのプレイヤーが集まってたんですね。他にも、 お茶の水の明治大学の裏手にゲームセンター天国みたいな通りがありまして、 僕らは御茶ノ水→神保町→淡路町と、一日五軒ほどのゲームセンターをハシゴしていたんです。

この二つの蛮族、元々は通学路の違いにより別々の活動場所に落ち着いた、ってだけなのですが、 だんだん二つの蛮族にも個性が出てきます。
まず、やるゲームの違い。
池袋サファリ族の活動内容は、『鉄拳』に代表される3D格闘ゲーム、『ビートマニア』に代表される音ゲー、 あとはわけわからんレースゲームとか。
対して神保町ミッキー族は、2D格闘ゲーム、脱衣麻雀、スポーツゲームなど。

他の違いといえば、サファリ族は喫煙者が異常に多かった。ミッキー族は喫煙者いなかった。変な台湾人が葉巻吸ってましたけど。
そう、あの頃の僕は嫌煙者だったんですよ。朝起きて一服、朝食喰って一服、家から駅まで歩きながら一服、学校着いて一服、 授業終わって一服、昼食食べる前に一服、食べ終わって一服、(中略)‥寝る前に一服、という、 ニコチンまみれの今の僕からは想像もつきません。

あとは、ゲームセンター以外の活動内容の違いですね。
ミッキー族は、都会のど真ん中の公園で火を起こしてバーベキューをしてみたり、ガチャガチャを死ぬほど買ってみたり、 秋葉原でプラモデルを買ってみたり、月3回ぐらいのペースで焼肉食い放題に行ってみたりと、支離滅裂な行動を繰り返していました。
サファリ族はゲームセンター以外ではなにしてたんだろ‥?パチンコとかスロットかな?よくわからん。元サファリ族の人、 情報提供をお願いします。

このサファリ族とミッキー族、活動内容が違うとはいえ同じクズ同士とても仲が良く、僕らはよく「東のミッキー、 西のサファリ」などと言って、お互いを讃えあっていました。無駄にスポーツマンシップに満ち溢れています。

当時の僕は基本的にミッキー族だったんですが、非常勤講師としてサファリ族にもよく顔をだしていました。 同じクラスの友人たちはほとんどサファリ族だったからね。

話は変わりますが、我が高校には『学習院戦』という一大イベントがありました。 学習院とかいうよくわからない高校と年一回、いろんな部活で対抗戦をするのです。略して院戦。 僕がわずか一年でやめさせられた水泳部の鬼コーチも、たしか「院戦に負けたら殺すぞ」 みたいなことをおっしゃっていました。つまり院戦とは、早稲田における早慶戦のように必要以上に熱い行事なのです。

さて、サファリ族やらミッキー族やらの面々は当然ですが部活なんてやってません。つまり、院戦とかいう行事には一切関係がない、 部活アンタッチャブルな人々なのです。当然、せめて部活メンたちを応援しよう! なんて気持ちはさらさら無く、院戦当日も朝っぱらからサファリへ直行します。
でもまだ開店してなかったんですよ。ゲームセンターってのはだいたい朝10時開店ですからね。
早くゲームをしたくてしょうがない僕らは、サファリの入り口のガラス戸をドンドン叩きます。

「開けてくださーい!ゲームを、させてくださーい!」

中で困惑する店員たち。当たり前だ。あの光景を思い出して、今ゾッとしてしまいましたよ。最悪すぎて最高の思い出です。

そうそう、この二つの蛮族、たぶん総勢20人以上はいたと思うんですが、全員浪人しました。コーラを飲んだらゲップが出るぐらい当たり前の結末です。しかしただ一人だけ現役で大学生になった男がいて、よりにもよって東大生になりやがりました。 掃き溜めに鶴とはこのことでしょうか。
しかも、浪人してしまった蛮族たちは懲りもせずにサファリに集まります。浪人なのに、いや浪人だからこそなのか、 朝ゲームセンターに集合するのが僕たちの暗黙の了解になってた。予備校?なにそれ?大半の人が一浪ですんだのが奇跡です。 サファリの神様のご加護に違いない!

 

まぁこんな感じでサファリというゲームセンターは僕の中で特別な場所なんですね。で、 今日はほんとにひさしぶりにサファリ巡礼をしてみたのです。 それもこれもMJ2クイズマジックアカデミーをするため、 二人のにゃんぴょを使うため!(参照:9/26 僕と魅惑のにゃんぴょたち

ということで今日はにゃんぴょ祭のことを書こうと思ってたんですけど、長くなっちゃったから次回にします。 なんか懐かしい気分になって書いてたら長くなっちまった。
次回、いよいよ二人のにゃんぴょの写真を公開するよ!可愛いよ!乞うご期待!

てか‥今日一限あるのに‥こんな時間(午前五時すぎ)になっちゃった‥。一時間半だけ寝て、頑張って一限に出るぞ!

この記事へのコメント
院戦には隠れた美談があるよ。
各員戦闘配置についていざ、というときになって、店頭のライトに「HERE COMES A NEW CHALLENGER」の文字が点滅した。ライトに照らされて立つのは、学習院の蛮族だった。がし、っと無言で握手をしてぼくら、筐体の両サイドに散ったものさ。

あとは「○ぷー、汚えよぉー」という言葉が心に残っています。
Posted by oso at 2005年11月14日 11:49
>>oso
へ〜、そんなことがあったのか。学習院蛮族は強かったかい?彼らも僕らと同じように、あのお堅い高校であぶれ者になってしまった悲しき狼だったんだろうね‥。

俺が印象に残ってるのは「はァ!?マジ汚ねぇよ、はァ!?マジつまんねぇ」と叫ぶモジャ王です。もちろんモジャがキレてるのはOぷーのバックステップと下段でした。
Posted by EBA at 2005年11月14日 21:51
うーん、サファリ族のゲーム以外の活動か。
パチンコ・パチスロ、麻雀、飲み...その辺は君の察するところとあまり変わらないよ。でも、そういうことをはじめた人たちは、もともとゲームの世界でもメダルゲームとか競走馬育成ゲームとか、普通以上にお金を注ぎ込まなくてはいけない遊びに身を興じていた人たちだった気がする。
お金の無い人が無理をしてお金のある人たちの「ゲーム以外の遊び」に参加して、借金をつくったりしたこともあったっけ。でもそれは経済的貧富の差とかそういう問題以前に、やっぱり高校生がする遊びとして度を越えたものがあったんだろうな。今更ながらだが。
回銭をまわす胴元が大体決まっていたからね。そういう人たちが、次第に西側蛮族における遊びのスタイルを確立していっんだと思うよ。
健全なものがあるとすれば、それは唯一、フットサルくらいだろうな・笑
Posted by ume at 2005年11月14日 21:57
>>ume
なるほど、あとは麻雀か飲みか。
だいたいはパチンコやスロットやってる奴があぶく銭を手にしていたから、経済的強者である彼らの意向で遊びが決まっていく、という流れがあったわけだね。
フットサルは確かに蛮族たちの遊びの中でも異質だった。みんなタバコ吸ってコーラ飲みながらボールを追いかけていたね。
また集まって、蛮族史を編纂するか!
Posted by EBA at 2005年11月16日 00:30
フットサル異常に強かったよね。
真冬のフットサルに、H村はビーサンで、もちろんみんな私服で。
ポケットに手突っ込みながら、ユニフォームを来た相手チームをバッサバッさ倒していた覚えがあります。。。

つか早く続きを聞かせてほしい!!
ニャンピョはどうなったの?!
写真が見たいよ!!
Posted by あき at 2005年11月16日 00:51
あのころは本当に切磋琢磨していたね。かなりの向上心を持って、ゲームをしていました。
ゲームに関しても、お互いライバル心があったけど、ジャンクフードに対しても負けられない思いがあったよね。

元締め、胴元、T肩にぴったしの名称だね。そして搾取される乞食、Y下。
何も持っていないルンペンからも容赦なく搾取する。
本人の意思なく勝手に麻雀の面子に組み込み、ドタキャンするなら3000円払え、と言う。
それで楽しくやっていけるだなんて、素敵な友達関係だったね。

Posted by はら(ミッキー族) at 2005年11月16日 01:21
>>あき
書いたよ!写真載せたよ!
でもやっぱり、優勝の時の旗持った最高にカワイイ写真がほしいなぁ‥今度は頑張ろう!!

フットサルは妙にうまい奴多かったよな、みんなゲームも普通に強かったぞ。


>>はら(ミッキー族)
胴元はルンペンからそんなあこぎな方法で搾取していたのか‥ブルブル
ルンペンはいつもキレてるフリしてるくせに、本当に怒るべきところでは怒れない子だったから‥。しょうがないね。おい、ババァ、埋めんぞ!?と母親に向かって凄むルンペンが忘れられません。
Posted by EBA at 2005年11月17日 13:15
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